COLUMN of KEIKO KUREBE

暮部恵子のおしゃべりコラム

2011年3月25日 8時28分

本当に本当に、どうしたらいいのでしょう・・・・

ただただテレビの前で祈るしかない状態です。

100歳の詩人の柴田トヨさんの詩が新聞にありました。

 

被災者の皆様に

 

あぁ なんということでしょう

テレビを見ながら

唯 手をあわすばかりです

皆様の心の中は

今も余震がきて

傷跡がさらに

深くなっていると思います

その傷跡に

薬を塗ってあげたい

人間誰しもの気持ちです

私もできることは

ないだろうか?考えます

もうすぐ百歳になる私

天国に行く日も

近いでしょう

その時は 日射しとなり

そよ風になって

皆様を応援します

これから 辛い日々が

続くでしょうが

朝はかならず やってきます

くじけないで!

 

と言う詩です。思わず涙が出ました。

本当に日本中の誰もがこのような気持ちでいることでしょう。

 

 

長い支援が必要になることと思います。

クレコスも会社の入口に募金箱を置き社員や訪問者に寄付を呼びかけています。

10基目の寄付となる東南アジアへ井戸を贈るクレコスの社会活動に協賛してくださ

っている方たちの募金も今回は震災に寄付をさせていただく予定です。

 

 

今は情報化社会だといわれていますが、今回その反対の、情報が入らない生活を体験

し戸惑いを覚えました。

大地震の際は関西でも揺れは感じられたのだそうですが、私は会議に出かけるための

電車の中で地震を感じることはなく、リアルタイムのニュースは見ることもなく、帰

ってからのニュースで東北が大変だということを知りました。

 

 

翌日は朝早くから、クレコスがこれから取り組みます健康サポーターの研修で京都の

醍醐寺に出かけてしまいました。お寺でのセミナーで修証殿という広い畳敷きのお部

屋で缶詰の研修を受け、お食事は精進料理で食堂にもテレビはありません。

携帯電話の情報を休憩時間に見るぐらいで、2日間終わって家へ帰り始めて、東北3

県はもとより関東方面もすごかったんだということがわかりました。

 

 

完全に出遅れです。

そこからあちこちへ電話を掛け、連絡の取れた関東地方の知人に電池やお米をお送り

しましたが、情報が2日間遅れるということは、取り戻すのが大変だということもわ

かりました。

 

 

関西にも何時起こるかも知れない、明日はわが身の出来事です。

充分な危機管理は必要でしょうが、買占めはやめたいものです。

 

 

クレコスの本社では、阪神大震災の教訓で以前から、乾パンと、カップ麺、水と、ガ

スコンロにガスボンベは一応用意しています。

そして期限切れになりそうな乾パンがおやつに、カップ麺がお昼に配られるのです。

永久に賞味期限目前に配られることを祈りつつ・・・

 

 

お亡くなりになられた方のご冥福をお祈りいたしますと共に、被災者の方々が一日も

早く立ち直られます様に心から願っております。